こんにちは、小鳥チコです+*
今日は小学校入学準備の話。
といっても、入学準備から私がモヤモヤあれこれ思ったことを吐き出すだけなので、お役立ち情報は全くありません!
そんなことを堂々と宣言してすいません!
小学校の物品販売でモヤモヤ
我が家の息子は現在年長さん、今年の4月に小学校へ入学します。
そろそろ小学校中入学準備の時期になってきて、関係書類が届いております。
算数セットなどの必要な物品購入リストがあるのですが、それを見ていて最近モヤモヤな気分になっております。。。
最近の小学校って何でも指定なんですよね。お道具箱やクレパス、連絡袋に粘土などは私が小学校の頃にもあったけど…
驚いたのは名前を書く油性ペンまで指定、水のりや下敷きまで指定!
とにかくなんでもかんでも指定です。
行くのは公立小学校でいろんな家庭環境の方が集まるので、ある程度統一しておいた方が先生も管理が楽になるし、先生たちに「あの子がいいもの持っていてずるい!」「持ち物自慢がエスカレートする!」みたいな面倒ごとにつきあう時間がないのもわかります。
でも、これだけ何でも指定して枠にはめておいて「子どもたちの自主性を育む」とか言われても…なんだか矛盾を感じてモヤモヤ。
そこから日本の社会について考える
急に飛躍しましたね(笑)
なんでも指定と言うのは、子供のためと言うよりは大人の都合だと思います。
先生が管理しやすい、親が面倒ごとに巻き込まれない、何を用意すればいいか親が考えなくて良いなど。
でもそういう小さな問題に対処する余裕がない、子どもの持ち物について考える時間すらない状態ってどうなのかなと思います。
共働きの家が増えてそういう雑多なことを考える時間がもったいないというのもわかりますが…
そのために自由が奪われてしまうのは、思考力がどんどん低下していくような気がして私はあまり好きではありません。
仕事が忙しい、言われたことだけやるので精一杯、思考力低下、その仕事自体が本当に必要なものか判断できない、判断できないから上から言われたとおりにこなすので忙しい…の負のループになっていきそうで怖いなぁと思います。
こんなこと書くと「お前は専業主婦だからそんな呑気なことを言えるんだ!」とお叱りを受けるかな;でも、そうしないと回らない社会ってよくないなぁと思います。
こんなことを言っていますが、「言われたとおりにする人が悪い」とは言っていません。社会のしくみについては良くないと思いますが、そうせざるを得ない人自体を良いとか悪いとかは思っていません。
ただ、物品のことに思考力をとられたくない人は指定のものをそのまま買えばいい、自分で選びたい人は自分で用意すればいい、という選択の自由が欲しいなと思います。
親だけじゃなく、子どもだって選択したいよね
学校は社会に出るための訓練の場?
そのようなことをブツクサ言いながら書類を書いていたら、夫に「学校とはそういうところなんだからあきらめなさい」と諭されましたw
「社会に出たらそういう理不尽なことがたくさんあるんだから、その練習なんだよ」と。
確かに会社に勤めていると、意味あるのかわからない仕事を命じられたり謎のルールがあったりしますよね。
残念ながら日本ではそういう環境が大多数で、社会に出てからショックを受けるよりはある程度子供の頃から訓練しておくとラクなのはわかります。
でも、学校って会社に行く人を育てるための場所だったっけ…?
生きていく上で、知っておいたほうが豊かに過ごせる知識や考え方を身につける場所だと私は思っていたのですが…
もちろん勉強だけじゃなくて、人間同士のぶつかり合いや集団の楽しみを学ぶ場所でもあります。
…が、だったらなおさら揉め事の種を最初から潰して型にはめていくのは逆効果なのでは…?その時々で自分で判断して、失敗したらそれが学びになるのでは?
これを考え出すと話があっちこっちに飛んでしまうので、ここらへんで一旦やめておきますw
そういえば昔から学校嫌いだった
あれこれ考えていたら、そういえば自分が小中学生だった時もこういう一見無駄に思える縛りがすごく嫌いだったなぁと思い出しました。
私の出身校はあまり賢いとは言えない荒れた学校だったので、それを抑えるために謎の縛りや圧力が多くありました。
荒れた学校だったからか、先生もちょっとクセの強い人が集まっていたような…
とにかくその世界から出たくて、私は隣の県の私立高校へ入学しました。
(私の出身の関西は県と県が近いので、県をまたいだ通学はよくあります)
高校は勉強さえしていればほかは割と自由で、また自由だからといって無茶をするような人もおらずとても快適でした。
学校行事なども生徒の主体性に任されていて、先生の介入はほぼなし。女子校だったからか他人の目を気にすることも少なく、みんないきいきと意見を言い合ってたなぁ…
今でも仲良くしている友人たちは皆、高校以降の友達です。小中学校の同級生は、引っ越ししたせいもあって今は全くつながりがありません。
結局、自分の子には自分が声掛けしてやることが大事かな
でも私は、あの小中学校で理不尽な思いをしたことで耐性(というか諦め?)ができたのも確か。
それがあったからこそ、高校での主体性をもてる環境のありがたみがわかったのも確か。なにごとも経験といえば経験です。
理不尽な決まりに出会ったときは、その裏にどういった理由があるのか、自分には必要ないと思うことを強いる先生たちはどういった背景からそれを言っているのか、子供と一緒に考えるいいきっかけと捉えてその都度話していくのが大事なのかな、と思います。
モヤモヤするけど、そのモヤモヤ案件をなるべくポジティブに考えて活かしていけるように自分の修行が必要だな!
ちなみに息子本人は小学校をとても楽しみにしています。
幼稚園の卒園が楽しみ!小学校に入学したら算数とかできるんだよね!とワクワクそわそわしています。
母ちゃんにはそのワクワクが眩しい。
私のモヤモヤで息子のワクワクを曇らすことはしてはいけないなと思います。
ところでこの記事、音声入力を試しています
突然ですが、この記事はGoogleドキュメントの音声入力を使って入力したものを、パソコンで編集して書いています。
慣れていないのですごくたどたどしく喋っていて、話もまとまりがなくて結局パソコンの手打ちでかなりの手直しをしています。
でも慣れると文章を書くのがすごく楽になるだろうなぁと思いました。
ストレングスファインダーで”コミュニケーション”が弱いと判明した私。
考えを口に出す練習だと思って、時々やってみようと思っています。